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新潟市の泉心道鍼院よりメッセージ

肩凝りを伴う両腕の痺れ

2010年6月26日

肩凝りを伴う両腕の痺れ

この患者は、私が開業して12日目に来院し、翌月に東洋はり新潟支部において、初めて治験発表を行なった原稿です。

患者55歳女性農業

初診 平成8年1月二十日

主訴 肩凝りと両腕の痺れ。

望診 中肉中背で、栄養状態は良好。顔面部/尺

部の色その他は分かりませんでした。

聞診

農家の主婦とはいえ、いわゆる地主農家であり、裕福な生活状況を想像させるごとく、わりと悠長にしかも穏やかに話しをします。声は高く清く明るい口調でありました。5音は集音、5声呟富みました。

問診

現病歴 3年前ごろより、両腕が痛み出し、昨年の夏ごろより、整形外科/整骨院/カイロなどに通うが、よくならない。夜になると差し込むような痛みを覚え、仰向けでも寝ていられないそうである。その他、本々腰痛があり、春になると畑仕事をするので心配である。食欲/血圧は正常であるが、常に便秘がちで、足の冷えがいちじるしい。最近痰の切れが悪い。尚、3年ほど前に旦那さんに先立たれ、遺産相続や多額の相続税を支払わなければならないので、土地を売ったりしていて、かなり気を労している様子でありました。

切診

切経 皮膚はつやがあるようですが、軟弱でやや湿り気がある。頸椎/腰椎に変形があり、第2頚椎が後湾し第2・3・4腰椎が前凸である。

足先は冷たく多少浮腫みがあるようだ。

ナソ所見は、鎖骨上かより胸鎖乳突筋部が緊張し、生ゴム様所見である。左三角筋部の中部繊維付近に強く押すと、筋張りがあるが、右と比較すると、筋肉そのものは細くなっているようである。背中は左右を比較すると、右側が勾配がゆるく、左側が盛り上がって筋も突っ張っている。

腹診

全体的に軟弱で表面がぶよぶよしている。強く按ずると不快な痛みはないが、臍下部に硬い纐纈を触れる。経絡腹診は、日月から腹哀にかけて肺の診所最も虚臍を中心とする脾の診所虚。左鼠けいぶ調度肝の診所付近であるが、上前腸骨茨から臍にかけてえんぴつのような筋張りがある。

脉診

脉状診

浮遅にして虚。

比較脉診

右手すんこう沈めて肺最も虚。ついで右手かんじょう沈めて脾虚。浮かせて胃虚。左手かんじょう沈めて肝ややあり。浮かせて胆あり。他は平位とみました。

病症の経絡的弁別

主訴の肩凝り、旦那の死により気を労する、皮膚は軟弱でやや

湿り気がある、痰が

切れにくいなどは、肺金経の変動。

両腕の痺れ、便秘がち、臍下部の硬い纐纈などは脾土経の変動。

5声の言は心火の変動。

夜になると差し込むような痛み、腰痛、左鼠けい部の筋張り、三角筋ぶの筋の突っ張り、背部の緊張等は肝木経の変動。

頸椎/腰椎の変形、足先の冷えと浮腫みとうは、腎水経の変動と診ました。

証決定

以上の事柄を総合的に判断し、肺虚肝実証と決定しました。

予後の判定

病症は昨年の夏ごろからとすでに半年を経過し、頸椎の変形などが神経を圧迫しているものと思われ、かなり時間がかかるものであるとは思いますが、失っている気を取り戻し腕の痛みのため、夜目覚めるという症状さえ取り除くことが出来たならば、本人の自然治癒力において充分症状は改善されるものと考え、継続治療を説得し治療を開始しました。

適応側の判定

女性であり耳前動脈、病症を比較すると左がより重く見られましたので、右を適応側といたしました。

治療および経過

本治法 まず、右太淵穴に銀8分1号鍼にて経に従い1ミリ程度刺入し、やや左右圧をかけ師眺めに充分補い、患者の微妙な反応を押し手の下面に感じ、気の去来とみて左右圧を充分かけて素早く抜鍼すると同時に鍼穴を閉じるという補法を行なう。

見脉すると肺の脉に力が着き、多少浮脉が沈み、

やや速くなりましたので、更に、右太白に同様の補法を行ないました。見脉するとより肝の脉がはっきり見えてきましたので、左太衝穴にステン1寸1番に持ち替えて、経に逆らって静2刺入し、3ミリ程度のところで鍼先に抵抗を感じましたので、左右圧を軽くかけ留めておきそれからゆっくりと抵抗の感触を試しながら抜き差しし、

抵抗緩むをどとして、おもむろに抜鍼し、加圧もかけず鍼穴も閉じない補中の瀉法を行ないました。

見脉すると陰経は全体的に力が着き、脈状もやや落着きましたので引き続き陽経の処理に移りました。

陽経の脉を診ますと大腸/胆に浮と思われる実脉を触れ、胃がとても虚していましたので、

まず胃の三里穴を左右ともステン1寸1号鍼にて補法を行い、偏歴光明の順に左から同じくステン1寸1号鍼にて、経に逆らって刺入し、目的の深さにおいて抜き差しし、抵抗緩むをどとして静に抜き去り鍼先が皮膚面を離れんと同時に押し手にてぱっと加圧をかける浮実の瀉法を行ないました。

見脉すると脈は沈み中脈にまとまったかに見えましたが、不十分な生脉力において、陽経に瀉法を加えたため、

気を漏らして硬くなったようにも見えました。しかし、不十分ながらも肝実が取れ、脈状もやや速めになってきていましたので、2段打ちを避け、表治法に移りました。

表治法は腹部にたいし、中韓/天枢/その他胃部の巨したる部に補的散鍼。ナソ部は特に左の鎖骨上か付近にキョロがありましたので、静にごく浅く刺入し右のナソ部とのバランスを取るように心がけました。背腰部は特に肩甲骨内縁に筋緊張がありましたので、左は鍼数をやや多めに深瀉浅補。右は鍼数は少なめに虚したる部を充分補うという手法で処理しました。

その他は腰部に補的散鍼、命門/陽関にやや深めに刺鍼視、補いました。最後に肩甲骨内縁の圧痛部にたいし皮内鍼を貼付して1回目の治療を終わりました。

治療終了後、再度鍼治療により充分改善できることを患者に話し週1度来院することを取り付けました。

治療後見脉すると肺/脾の脉は

細くしまりがあるように見えましたが、肝と胆の脉になにやらぼやぼやしているのを感じました。

2回目1月24日

鍼治療後は肩凝りはいくぶん楽になり、痰の切れも良くなってきたとのことでした。ほかに変わった所見はありませんが、

脉診をすると左手かんじょう

としゃくちゅうの脉が鎮めてかすかに触れるので、再度入念に脉診し腹症を観察しますと、陰交けつより恥骨上際にかけて腎の診所が冷たく肝の診所付近にあった筋張りが触れませんでしたので、肝実証を肝虚とし、肺肝相剋の治療に証を換えてみました。

治療法 右太淵/太白補法。左曲泉/陰谷に補法。

光明/偏歴/支正にこにおうずる補中の瀉法を行ないました。

表治法は前回に同じです。

3回目1月31日

肩凝りのほうは大分良くなりつつあるが、又痰の切れが悪くなり、腕がしびれて夜眠れなくなる。治療は肺肝相剋の継続で行ないました。

4回目2月七日

やはり夜中眼が覚めると左の肘から肩にかけて痛みが走る。

そして段々症状が変わり、肩から後頭部にかけて痛みが走る。

脉診すると大腸と三焦が虚しているため、今日は偏歴と外関も補う。

大椎に知熱灸、外関に皮内鍼を貼付。他は継続治療としました。

しかし、今日は多少症状が逆戻り

した様子を聞かされ、焦りがドーゼを過ごした嫌いがあるので反省する。

患者には、「慢性的でどこが痛むのか分からないよりも症状が動いているのだから、体が病気を追い出そうとしている現われでよくなるからと説得しました。

5回目2月14日

腕の付根の痛みは取れ、治療をする前から見れば、

痛みは半分くらいに軽減している。しかし、肘よりした指先に痺れを感じる。それと今度は右のお尻あたりがいらいらする感じである。治療法は肺肝相剋の継続で、後天の元気と先天の元気を高める目的で、外関に皮内鍼を貼付し、命門に知熱灸を饐えることにしました。

現在週1回のわりで継続治療中であり、患者さんも良くなりたいからと

言って、通ってくれる様子がありますので、経過を見守りたいと思います。

考察

本症例を発表した経緯は、開業間もない私の診療室において、継続的に治療をしている人が限られていることと、少ない患者さんの中でも腕の痛みないし痺れを主訴とする患者がかなりのわりでいたことであります。

この患者さんの症例の場合は、痛みがそれほど激しくなく、夜になると騒ぐというくらいで、圧しても痛くなく動かせないというわけでもないという症状としては、

久しく緩慢なものと思いました。

従って、私のような経験もなく未熟な者にとっては難しい患者になりそうだとは思いましたが、勉強をするには願ってもないチャンスだと思いました。患者さんには申し訳ないのですが、長期戦になることを覚悟してもらい、 治療を継続しているところであります。患者さんの自覚的な所見ではありますが、肩凝りと腕の痛みは半分まで軽減したということですので、多少なりとも効果は上がっていると見ています。又、気を労しているという背景が推察出来ますので、気を動かす経絡治療のほかに治療法はありえないと確信し、治療を続けていこうと思います。

つたなく、取り留めのない治験発表となりましたが、ご指導宜しくお願いいたします。 1996年2月新潟支部員 今泉 聡

追記

この患者さんはその後40回ほどの来院があり、腕の痺れは消失しました。現在も再来院があり、そのつど鍼を行なって改善しています。15年前の治験発表ですので、今考えると冷や汗が出るような記述となっている箇所もありますが、

鍼灸師になりたての皆さんに試行錯誤の記録を見ていただいて、少しでも参考にしていただければと思い、そのまま掲載いたしました。

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